筆の動く儘に

妄想と創作の狭間を漂流する老人のブログ

麦茶

父は麦茶が好きだった。といっても父が麦茶を飲むのは夏の間だけのこと。大きなやかんで沸かしてガラス製のお茶ボトルに注いでそれを冷蔵庫に入れて冷やしておく。汗をかいた後など美味そうにその麦茶を父は飲んでいた。僕はその麦茶が嫌いだった。何故かと言うとその麦茶は普通の麦茶ではなく塩入りの麦茶だったからだ。きっと父は汗をかいて失われた塩分補給のために塩を入れていたんだと思う。その塩入りの麦茶の味を今でも覚えている。麦茶を口に含んだ瞬間「これ飲んでも大丈夫かな?」と思うほどとにかく変な味なのだ。汗をかいて喉が乾いた時、冷たい飲み物といえばそれしか冷蔵庫に入っていないので仕方なく飲んでいた。父が死んでからその麦茶は作らなくなった。もう僕は父が死んだ年齢を超えているがあの塩入り麦茶だけは未だに好きになれない。好きになれないんだけど夏になるとふと飲んでみたいと思うことがある。あの不思議な味の麦茶を。

 

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