筆の動く儘に

妄想と創作の狭間を漂流する老人のブログ

まだ陽は落ちていない

「やだ、もうこんな時間」 昭和の中頃にはどこの家庭にもよくあった振り子の付いた柱時計を見て女は一人呟いた。 柱時計が指していた時刻は"人生の夕方"だった。 「行かなきゃ」 春になり布団を外した炬燵の上に丁度いい角度で手鏡を立て、染みが目立たなくなるよう手際よく化粧を整えた。 薄手のジャケットを羽織りぺったんこの靴を履いて家を出た。 「何も慌てる必要はないわ」 そう自分に言い聞かせながらも駅に向かう足は次第に小走りになっていった。 

最寄りの頬紅駅から国鉄や地下鉄が乗り入れてるターミナルまではほんの二駅である。そこで豊麗線に乗り換え下車するのは終点の皺九茶駅だ。
「豊麗線に乗ってからゆっくり考えればいいわ」
さっき見た柱時計の時刻を思い出しながら女は思った。そして「まだ大丈夫よ、皺九茶駅は随分遠いんだもの。」と自分で自分を安心させるのだった。
電車がホームに滑り込み車両に乗り込む時、女はちらっと皺九茶駅のある方角に顔を向けた。大きく真っ赤な夕陽はゆらゆら揺れながらも沈むまいと耐えているように女には見えた。
「大丈夫、まだ時間はあるわ」しかし夕陽は沈むまいと耐えている訳ではなく女が思うより早い速度で静かに沈んでいくのであった。